いろいろなところで「想定外」という言葉を聞くようになった。
テレビでも、そして、自分の周りでもだ。
そして、自分もその発信者の一端になってしまっていることを非常に残念に思う。

もちろん、M9レベルの地震が「想定外」ということに、それほど異論を挟む気はない。
しかしながら、いったい具体的にどこが想定外だったのだろうか?
テレビを見ていても、周りでの「想定外」のいいわけを聞いてもわからない。

じゃ、君は「隕石が落ちてくることも想定しているのか?」みたいな論調を言う人がいるが、
それは、論点が違う。

私も一応技術者の端くれなので、おおきなマクロ的事象についての想定はこれまでの経験値をもとに想定しかできないのはわかる。
でも、個別機能なり、個別構造はそうではない。

それらに余裕をもち、ある程度のマクロ的想定以上のバッファをもつ。
じゃなければ、実際に起きたときには想定内事象でさえ、個別に想定外が多数発生することが予想でき、
それらの想定外事象に対応するための、時間的、機能的にバッファをもつことができない。
それさえも、バッファから外れたというのだろう?
だったら、具体的にどこのバッファが小さかったといっているのか?

たとえば、電源がこなくなったときにどう考えるか?
これは、想定外の地震によって停電になっても、だれかが線を間違って抜いてしまっても、同じ結果になることがある。
そして、自分たちにだけ影響があるような地震もこれまであった。

だれかが線をまちがって抜いてしまうようなことでも、非常におおきな問題がでてしまうのに、
いざ、この問題が起きたときに「想定外の地震の為、大規模停電の為」と言っていないだろうか?
この想定外の事象に、想定の思考を停止していたことを隠してはいないだろうか?

「地震」なり「大規模停電」になり、いったい何が「想定」から外れたのか?
を考えていく企業がこれから強くなっていくのではないだろうか?

「天災」は想定しても無駄という問題のすり替えによる思考停止にならないことを望む。

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2 Responses to “このような大きな地震は「想定外」という思考の停止”

  • MIZOMIZO says:

    テレビで想定外と言っているのには大きく2つあると思います。

    ・技術的な想定外
    個別の構造設計に関する設定数値(たとえば予想される数値の1.2倍を設定数値とする等)の値をオーバーした場合

    ・津波の高さに関する想定外
    実際に津波の高さの想定が違ったようです。この値が想定がだと水圧は大きさに影響を受けるのでおそらく指数的に値が変わるはず。当然過去の事象から想定値は求めていますが、想定外だったのでしょう。

    これ以降、原発を使い続けて行くのであれば、今回の波の高さは想定に入ると思いますよ。逆に言えば、次回、今回よりも高い波が来るのであれば、当然想定外になると思います。

  • coltware says:

    ありがとうございます。

    こういう説明ってなぜか見えないのです。
    そして、あらためて「原発」について何もしらなかったなー。という気がしました。
    (子供がいるので、少なくとも説明するのは親の責任かなと・・・)

    あとは、なんか「想定外」という言葉がいろいろなところではやってしまっていて、
    おかしな使われ方までし始めてるぞという気がしていました。

    結局は、落書きを許すから、大きな犯罪もおきるということと同じで、
    身の回りでことの重大さこそ違え、本質的に同じことが起きていれば、
    それを見逃す社会になってしまうということにならないかということです。

    そして、まずは自分とその身の回りから、
    「想定外」という逃げ道に逃げ込むことはやめたいんだよなーと思った次第です。

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